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「世界で最も住みやすい都市」ともいわれるバンクーバーはカナダ西部にある都市圏人口約200万の大都市です。中心部には高層ビルが密集していてなかなか見応えがあります。

先日訪れた際は写真を一生懸命撮ってみました。これはバンクーバー中心部にある高層ビル・ハーバーセンターの展望台から見た夜景。

From Vancouver Lookout / 展望台からの夜景

同じ展望台から北側を望む図。中心市街地の北側は入り江に面しており、その対岸の街の向こうには山があります。この、海と山の景色がバンクーバーの良いところでないかと思います。

Night inlet and buildings / 夜の入り江

今度は地上からビル群。この街はカナダ第2の金融センターということですから、そういう業界の企業が多いのでしょうか。カメラの背後はすぐ海です。下の方に見える薪を組み合わせたみたいなオブジェは2010年冬季オリンピックの聖火台だそうです。

Night skyscrapers

同じあたりから、水上飛行機ごしに入り江を望む図。

Twilight hour of Vancouver / バンクーバー黄昏時

バンクーバーの有名なショッピングエリア、ロブソン通り。観光客や買い物客でにぎわっています。

Robson Street / ロブソン通り

夜の写真が多いのは、昼間は仕事だったためです。到着日は昼間も少し見て歩くことができました。こちらは郊外のクイーンエリザベス公園。綺麗な庭園のある居心地のいい公園です。

Garden with tall trees / 庭園

この周辺は閑静な住宅街です。ゆったりした広い敷地に低層住宅が整然と並んでいます。緑がたいへん豊かです。

A suburb of Vancouver / バンクーバー郊外

さてとても華やかなバンクーバーですが、負の面も目にしました。

昼間歩いていて、交差点にさしかかったところで、近付いてきた女性を見て。

麻薬?!

それまで麻薬中毒者を見たことはありませんでしたし特段の知識も持ち合わせていませんが、見た瞬間にそう思いました。表情も足取りも一見してヤバい。あわてて、渡るつもりでない横断歩道を渡って避けてしまいます。

そのあとホテルに戻ってからネット検索してみると、バンクーバーは麻薬の問題が大変に深刻だということを、迂闊にも当地に来てから知ることになりました。あまりに蔓延しているため、中毒者が合法的に麻薬を打てる政府の施設まで存在するということです。管理された環境で清潔に打ちつつ中毒から抜け出す支援をするということでないかと思いますが、それにしても驚きです。

外務省のサイトに「『北米の麻薬天国』とも言われており」とまで書かれているくらいです。その他、「バンクーバー 麻薬」といったキーワードでネット検索すればいろいろ出てきます。

治安がいいといわれることもあるようですが、日本よりずっと犯罪発生が多く、日本と同列に語ることはできません(上の外務省サイト参照)。

別の場所でももう一人ヤバそうな女性を見かけたのですが、こちらはもしかすると単なる体調の悪いホームレスだったかもしれません。警察官のような人に声をかけられていました。

ヤバそうな人を目撃した2回とも、危険とされる地区ではありません。治安の悪いエリアはガイドブックにも記されていますから、わざわざ近付かないのです。治安が悪いとされていない場所でも通りによってはヤバそうな雰囲気の裏通りが見えたりします。そういう所にも近付きません。それでも、そういう人を目撃するわけです。

いったい、この街の麻薬問題の背景には何があるのでしょうか。貧困、犯罪組織などでしょうか。輝く夜景にもかかわらずなぜなのか。あるいは輝かしさの中に構造的に埋め込まれた問題なのか、私には判断がつきません。

バンクーバーで撮ってきた写真をFlickrに少しずつアップロードしていたのですが、ちょっと面白い現象がありました。下の写真へのアクセスが妙に多いのです。

Ramen Santouka in Vancouver / らーめん山頭火 バンクーバー店

これは何かというと、バンクーバーにある「らーめん山頭火」のお店の写真です。山頭火は北海道・旭川発祥の人気のラーメン店です。国内のみならず海外にも複数の店があります。

この写真はスマートフォンで何気なく撮影したもので、写真自体の出来が特別良いというわけではありません。この写真にやけにアクセスが集まっているのは、皆さん山頭火が好きなのか興味があるのか。

ふーむ。それなら、来店しての印象を少し記しておきましょう。

この店はバンクーバーのショッピングエリアとして知られるロブソン通りの西の方にあります。バラード通りあたりから行くと結構歩きます。

店にはずいぶん客が入っていて、席に着くまで少し待たされました。繁盛しているようです。

店員同士は日本語で会話していて、発音もナチュラルなのでどうやら日本人のようです。バンクーバーはアジア系の人が多く、顔立ちだけでは判断できません。

山頭火といえばまずは塩ラーメン。10ドルまでいかないくらいの値段です。日本円では900円くらいでしょうか。やや高めに感じます。

注文してしばし待つ。

出てきたラーメン。サイズも見た目も日本のものと変わりない感じです。小梅が乗っているところまで再現されていました。

食べてみる。うむ、山頭火だ。変に現地化されていない、オリジナルに忠実な味だと思いました。

帰ってからネット検索してみたところ、このバンクーバーの店舗の開店に関して、こんな記事が見つかりました。

野菜や肉類などの食材以外の、麺やタレといったラーメンの味の決め手となるものはすべて日本から仕入れる。厨房には日本の店で経験を積んだ従業員が立ち、「『本店の味を忠実に再現する』『世界共通の1つの味』というこだわりを貫いた」という。

(ダウンタウンに「らーめん山頭火」カナダ1号店-開店前から話題に - バンクーバー経済新聞)

なるほどね。先月札幌で食べてきたばかりの私が違和感を覚えなかったわけです。

満足して食べ終わり、クレジットカードで支払って、店員さんに「北海道と同じ味で良かったです」と伝えて店を後にしました。

「中華民族」なる言葉を聞いたことのある人は少なくないと思います。近年は中華人民共和国の政治家が「偉大な中華民族の再興」などと声高に主張しています。

さて、この「中華民族」とは何なのでしょうか。

漢民族と同じ意味かなと思う人もいるでしょう。私も以前は漠然とそう思っていました。

ところが、実際はかなり違うようです。

「中華民族」なる言葉は、中華人民共和国の領土(だと彼らが主張する)範囲の人々を全部ひっくるめた集合をひとつの民族であるかのようにみなしたもののようです。つまり、漢人はもちろん、ウイグル人やチベット人、南モンゴルに居住するモンゴル人なども全部合わせたグループが「中華民族」だという主張のようです。「チベット族」などの「少数民族」は「中華民族」を構成するサブグループとみなされるのでしょう。

これはいかにもおかしなことで、例えばかつてのソビエト連邦の領域内の住民を「ソビエト民族」と呼ぶようなものです。

さらにいえば、例えばもし仮に中華人民共和国が日本を占領したら、「日本民族は中華民族の一部であり、今までは統一国家を作るための準備をしていたが、ようやく中国の大家族に復帰した」とか手前勝手な理屈を言われるわけです。冗談ではなく、これはチベットでわずか半世紀前に実際に起こったことです。要するに、中華人民共和国が版図におさめた先の住民は全部「中華民族」だということにされてしまうわけです。

また面白い本にであいました。御手洗瑞子『ブータン、これでいいのだ』(新潮社)。

著者は1年間ブータン政府の首相フェローとしてブータンに住んで働いています。その体験に裏打ちされた、抽象論でない、等身大のブータンを描いた本です。

本書がいいのは、生のブータンをよく観察していることだと思います。政府機関で働いたから情報にアクセスしやすかったというのもあるのかもしれませんが、日常的なことも細かく記されています。

たとえば、iPhoneを買った友人やiPadを買おうとしている上司とか(彼らの給料は日本円にして2~4万円くらいだそうです)から、ブータン人とお金の問題を語ったりとか。物価が上がって経済が過熱気味な中で月給ぐらいもする流行のモバイル機器をホイホイ買うブータン人、というのはあまり我々の持っているブータンのイメージではない。けれども、著者の意見では、こうしたことは最近急に変わったのではなく、ブータン人が元々持っている性質によるものではないかとしていて面白いです。

ブータンは別に理想郷でもなんでもない、現実の問題を抱えた現実の国であるけれども、現代の日本人から見るとかなりの異文化であることは間違いないようです。そうした記述を単純に楽しんでもいいし、あるいは日本人の生き方にとって何か参考にすべきではないかという風に読んでもいいでしょう。日本人はもう少しブータン的になってもいいかもしれませんね。あまりなっても困りますが。

本書の題の「これでいいのだ」のこころは最後の章に書かれています。いろいろ問題を抱えていながらも幸せ力の強いブータン人。これでいいのだ、という自己肯定力は、現代の日本人にとってヒントとすべきところかもしれません。

2008年の北京オリンピックの開催の前、中国政府によるチベットの人権問題に関して、IOCの会長が、中国は建国60年の若い国なのだから大目に見てやることも必要だ、という主旨のことを言っていたのを覚えています。そんなので大目に見ていいのかというツッコミは当然ありますが、ここでは「60年の若い国」というところに注目してみます。

中華人民共和国の建国は1949年ですから、この認識は合っています。何の間違いもありません。

ですがそれなら、俗にいう「中国四千年」というのは何なのでしょう。60年と4000年ではあまりにも違いすぎます。中国の歴史は60年なのでしょうか、4000年なのでしょうか、それともまた別なのでしょうか。

これを考えるには、「中国」という言葉をひとまず忘れるのが良いと私は思います。

歴史上、「中国」という国家があったことは一度もありません。これは厳然たる事実です。このことは、天皇を戴く日本という国家が、短く見積っても1300年以上続いているのとは対照的です。

現在あるのは中華人民共和国という国家です。前述の通り1949年に成立した、約60年の歴史を持つ国です。

「中国」という言葉は、中華人民共和国あるいは中華民国の略だと思っている人もいると思いますが、成り立ちからいうとそうではないようです。

チャイナの意味で「中国」という言葉が漢民族の間で使われるようになったのは、19世紀末か20世紀始めの頃のようです。100年かそこら前に発生した、割と新しい言葉であり、概念なのです。古い漢文に「中国」という字の並びが現れるとときは、それはチャイナの意味ではなく、国の真ん中のことを指しました。

漢民族の住む土地のことをヨーロッパ人はチーナとかヒーナとか呼び、日本人は支那と呼んでいることに、漢民族は19世紀に気付きました。そして、漢とか宋とかの国の変遷にかかわりなく通時的に漢民族の土地を指す言葉を、当の漢民族が持っていないことに気付きました。そこで、「中国」という言葉をそうした意味に使うことにしたのです。(こうして生まれた「中国」という概念の地理的な範囲はどこからどこまでなのか、というのがまた大問題なのですが、それはまたいつか)

ですから、チャイナの意味での「中国」という言葉が生まれてからの歴史は、約100年ということになります。

もっとも、「中国」という言葉が生まれた背景には、漢民族の通時的な民族意識があった筈です。過去に遡って「中国」という言葉を適用するならば、それは「漢民族の土地」とほぼ同義になるでしょう。漢民族の土地には、紀元前221年に秦の始皇帝が最初の統一帝国をうちたてて以来、さまざまな皇帝が君臨してきました。「皇帝の君臨する土地」という見方をするならば、中国の歴史は紀元前221年に始まることになります。

さらに遡って、単に漢民族が住んできた土地のことをいうならば、それは3000年とも4000年ともいえるでしょう。(もっとも、民族という言葉は取り扱い注意なので、今日でいう漢民族が4000年前からあったと断言していいのかは、判断がためらわれます)

あるいは、漢民族の国という観点で見るなら、モンゴル帝国に支配されていた13世紀から14世紀と、満洲人の清に支配されていた17世紀から20世紀始めまでは、中国がなかったというふうにも言えるでしょう。

いろいろ書きましたが、簡単にまとめると、「中国」という言葉の指すところは定義次第で何とでも言えるので、どの意味で言っているのか注意が必要ということです。

チャドの難民

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NPO法人・国連UNHCR協会のWebサイトに、チャドの難民支援をしているUNHCRの方のインタビュー記事が出ていました。

チャドでは、中央アフリカからの難民が7万人もいて国際的な支援を必要としていますが、武装集団による強盗など治安の悪さもあって大変らしいです。

インタビュー記事によると、治安の悪化のために職員が犠牲になったりもしているそうで、命の危険ととなりあわせの仕事をされているのだなと思います。

日本で「〜難民」という造語は、単に「行き場を失った人」という程度の意味で比喩的に使われることが多いですが、世界には、比喩でない本当の難民、政治的対立や紛争や迫害のために他国に逃れざるを得ない人たちが、山ほどいるのだということを忘れるべきでないと思いました。

ハイチの大地震が発生したのが今年1月。半年経ちますが、元々豊かでない国のため、復興は大変そうです。

災害時の緊急医療援助などの活動を国際的に行っているNPOのAMDAの報告によると、ハイチでは被災して手足を切断せざるを得なかった人が多くいるため、そういう人たちに義肢を提供するプロジェクトを行っているそうです。

ハイチには大家族が多いので、一家の大黒柱が脚を失って歩けなくなると、家族みなが困窮することになる。そういう人に義肢を提供することで、一家10人とかを支援することになる、ということのようです。手足を失った人の数は4000人とも5000人ともいわれているそうです。

テレビではハイチ地震の報道を見かけなくなりましたが、情報に注意を払って、こうした支援プロジェクトを応援することが必要なのだと思いました。

参考:

ギブワン経由で、日本地雷処理を支援する会というNGOがあるのを知りました。カンボジアなど海外で地雷や不発弾の処理を行なっている団体です。

Webサイトに載っている報告や写真を見ると、地域によっては、地雷や不発弾が人々の生活の実に身近なところにあるのだということが生々しく分かります。

誰しも一度くらいは聞いたことがあると思いますが、今なおこういう現実が続いてるということを知るのは大変大事だと思います。

このNGOは自衛隊OBが中心となって専門技能を活かして活動されているのだそうです。自衛隊経験者が海外でこうした活動をすることが誤解を招くと考えられて活動を控えていた時期もあったそうですが、ともあれ専門知識を駆使して世界の問題の解決に貢献していることは素晴らしいと思います。

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