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「韃靼」の真相

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中高生の頃は中国史オタクだったのですが、いまひとつ腑に落ちない件がありました。

高校世界史の地図資料で (そう、当然のように世界史を選択していた)、明代になると急に「韃靼」なる国名なのか民族名なのか、そういう名称がモンゴル高原のあたりに出てくるのです。

古代からこの辺は、匈奴や鮮卑や柔然や突厥といったのが興亡しているので (それにしてもこの字面の奇妙な感じが華夷思想というやつであろう)、それの一種なんだろうか、くらいに思っていました。でも韃靼ってタタール部のことじゃないか、どうなってるんだろう、とか。

それがどういうことだったのかが分かったのは、高校を卒業してかなり経ってからでした。

ものの本を何冊か調べたところ、結論からいうと韃靼というのは北元のことだったと分かったのです。

元というのは、大元大モンゴル国という名称のとおりモンゴルの国です。モンゴルの帝国がいわゆる中国を占領・支配していたのですが、漢民族の反乱によって中国を失います。中国では明という国ができるのですが、ここで別に元が滅んだわけではなくて、本拠地のモンゴルは健在なわけです。便宜的に、中国を失った後の元は北元と呼ばれます。

1388年にクビライの直系の血統は断絶しますが、その後もモンゴル高原では「大元ハーン」を名乗る政権がありました。しかしそれを明は認めたがらない。元から明に天下が移ったのだ、君らもう元じゃないから、ということにして、無理やり彼らを「韃靼」と呼ぶことにしました。つまり「韃靼」という言い方は、明の都合による言い換えにすぎなかったわけです。

明の権力者のつまらない意地のせいで、何百年も後の高校生の頭を悩ませるのだから罪作りなことです。

明はモンゴルに本当にとってかわるべく征服しようと度々遠征しますが、逆に皇帝が捕虜になったりして失敗しています。現在残っている万里の長城はこの明代に作られたもので、要は防衛線です。

その後17世紀、後金国を建てたヌルハチの息子ホンタイジは、モンゴルの帝室を受け継ぐチャハル部の君主リンダン・ハーンの息子エジェイの降伏とともに元の玉璽を譲り受け、チンギス以来の正統を受け継ぐ大ハーンとして大清国の皇帝位につきました。つまり、モンゴルの正統は元→明→清という道筋ではなく、元→北元→清と受け継がれたことになります。

大人の三国志

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三国志は日本でも大変人気の高いストーリーで、小説、漫画、ゲームなど様々な媒体で親しまれています。私も中学生の頃に吉川英治による小説を夢中になって読みました。同じような経験をした人も多いでしょう。

かつて三国志に熱中したことのある方には、渡邉義浩『三国志―演義から正史、そして史実へ 』(中公新書)がおすすめです。今までと違った角度で三国志の世界を見ることができるでしょう。

本書は、小説としての三国志のもとである『三国志演義』と、西晋の陳寿によって編纂された歴史書(いわゆる正史)の『三国志』とから歴史の実態に迫ろうとするものです。

注意が必要なのは、「正史」の記述が絶対ではないということです。『演義』が多くの虚構を含んでいるのは当然としても、陳寿の『三国志』自体もまた、書き手の意図や思惑のもとに編まれたものであって、別段中立公正なものとは限らないのです。「正史」とは「正しい歴史」のことではなく、国家の正統を示すための歴史なのだと本書の著者はいいます。『三国志』ならば、作者の陳寿が仕えた晋の正統性を示すことが目的となっているわけです。なので、まるっきりの虚構をでっちあげることはしないまでも、その歴史書の目的のために、記す材料を取捨選択したり、人物に対する評価が偏向していたりということはあり得るということです。

本書は後漢末の時代背景や、陳寿が『三国志』を記した西晋の時代背景、また『演義』が成立するまでの思想的な背景なども説明しながら、登場人物がなぜこのように描かれているかといったことを解き明かしていきます。

本書の説明によって、中国における歴史文化の特徴も垣間見えてきます。それは、歴史とは単に事実関係を記すことが目的なのではなく、誰が正しく誰が間違っているか、あるいはどの国が正しいか、という、価値判断を下すことが重要なのだという、独特な態度です。歴史に対してそういう態度をとっていることを知ると、現代の中国の政治家のいう「正しい歴史」なる言葉も単なる過去の事実という通常の意味ではとらえられないと気付かされます。

また、本書の本題とはあまり関係しないことながら、興味深く思えたことがあります。諸葛亮による北伐が、早くも東晋代には、外国に占領された中原を回復する希望と重ね合わせて見ることが始まっていたということです。また、唐の安禄山の乱によって首都を占領されたときにも同じ見方がなされているとのこと。後代における、女直の金と戦った南宋の岳飛を英雄視することや、はたまた今日の中華人民共和国政権が主張する所謂「偉大な中華民族の再興」と通じる、漢民族ナショナリズムの一つの型を形成しているのだろうと思えます。

本書の第1章の題は「演義と正史 それぞれの限界」、第2章は「二袁の真実 「漢」の重みと簒奪」となっています。第1章は前提として分かりますが、その次の章、いわば本題の最初のところで、袁紹と袁術という、あまり魅力的でない人物が出てくるのが意外な感じがします(後の章では、曹操や関羽、諸葛亮といった主役級の人物が出てきます)。

しかし、この第2章は当時の思想的な時代背景を理解する上で大変重要な役割を果たしています。なぜ三国志の物語において袁術は雑な扱いを受け、徹底的に貶められているのか。その理由は「「漢」の重み」を無視した故であることが明らかにされます。そして「「漢」の重み」は以降、本書を貫くテーマとなり、最終章で振り返られます。見事な展開でした。

沖縄県の尖閣諸島を巡る中国の問題が注目を集めると、ソニーの電子書籍ストアReader Storeで池上彰『そうだったのか! 中国』がランキングの上位にきました。今年出た本ではなく、元は2007年に出版されたもののようです。

中国史というと、史記や三国志といった古代の歴史物語のイメージが強いと思います。そうしたお話は、昔から日本人の教養の一部であったものです。しかし、今日の中国の姿を理解するのにそれがどれくらい役に立つのかというと、疑問を覚えずにはいられません。

なまじに漢文が読めて、古代のお話や神話に近いことまで知識があったりすると (私は学生の頃は中国史オタクでしたから、そういうのに引かれる気持ちはよく分かります)、かえって現実の中国の姿からは遠ざかってしまうかもしれません。

幕末か明治の頃、江戸時代の漢文の教育で中国を知ったつもりになった日本人がいざ中国に渡ってみると、抱いていたイメージとの落差に愕然としたという話もあります。

現代の中国を知るには、あまり古いことはともかく、近現代史の基本的な知識をおさえておくのが良いのではないでしょうか。だいたい学校の授業では日清戦争、辛亥革命くらいまでは教わっても、その後は日中戦争の説明くらいで、中華人民共和国という今日の国家がどうやってできてどんな歩みをしてきたかについてはあまり詳しく触れないことが多いと思います。

私はまだこの本を読んでいないので確たることは言えないのですが、書店で少し立ち読みしたところではなかなか良さそうに思えました。

中国についてはいろいろな著者がいろいろなことをいっているわけですが、まずは現代史の基本的な事項を理解することが必要だろうと思います。

bTibet 09にて、早稲田大学・石濱裕美子先生の講演「歴史上の大国モンゴルを魅了したチベット仏教」を聴いてきました。

石濱先生のブログにレジュメが掲載されています。モンゴルや歴史に興味のある方はご覧になると楽しめると思います。

モンゴル帝国というと、チベットの高僧パクパがモンゴル皇帝フビライの師として仏教を広めたことがよく知られています。この関係は時代が下った後もなぞられて、モンゴル人や満洲人がチベット仏教の施主としての役割を果たしたということです。(このことは一面では、中世のモンゴル帝国というものが後世にいかに大きな影響を与えたかということでもあると思います)

だいたい、ダライ・ラマという称号自体、16世紀にモンゴルのアルタン・ハーンから贈られたものだということからも、チベットとモンゴルの関係の深さがうかがえます。

面白いのは満洲人の清朝の時代です。満洲人はモンゴル人を同盟相手に選び、清朝が昔のモンゴル帝国を継承することを示すためにチベット仏教の施主としてふるまって権威づけをしたというのです。ダライ・ラマをトップとするチベット仏教はチベットのみならずモンゴルや満洲といった広い地域にわたって影響力を持っていたということです。ダライ・ラマに対して不敬だということが戦争の口実になったり、ダライ・ラマ6世の後継者の正統性をめぐって清朝とジュンガルが戦ったりするくらいなので、その権威たるや絶大です。

もっとも、馬に乗って戦う満洲人やモンゴル人のスタイルでは戦争に勝てない時代になると状況が変わります。20世紀になって社会主義勢力がモンゴルを覆うと、仏教寺院は破壊されて悲惨な時代に入ります(一面では、迫害された僧侶が亡命先のアメリカなど西洋に仏教を紹介する機会ともなるのですが...)。社会主義政権が崩壊した現在ではモンゴルでは一応自由に宗教活動ができますが、仏教が抑圧された期間が80年くらいと長きに渡ったために復興もなかなか大変だそうです。

と書いてみて思ったのですが、やはり私の怪しげな要約よりも石濱先生のレジュメを読んだ方がいいと思います。

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