「イランカラプテ」の意味をめぐるモヤモヤ

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政府や地方自治体が主体になっているらしい「イランカラプテ」キャンペーンなるものがあります。「イランカラㇷ゚テ」というのはアイヌ語の挨拶です。キャンペーンのウェブサイトにはこう説明されています。

イランカラプテは、アイヌの人々のあいさつ、こんにちは。
「あなたの心にそっとふれさせていただきます。」という温かい思いが込められた、これからの北海道のおもてなしの合言葉。

この説明を読んだら、「イランカラㇷ゚テ」というのはアイヌ語の挨拶で、「あなたの心にそっとふれさせていただきます」という意味なのだ (まあ素敵)、と思う人が少なからずいるのではないでしょうか。「いるのではないでしょうか、って、それ以外にどのような解釈があるのか」と思う人もあるかもしれません。ウェブを検索すると、個人のウェブサイトなどにそうした意味を断定的に記しているものも出てきます。

ところがところが、同じサイトの別の場所には、こう説明されているのです。

萱野茂氏(1926年- 2006年 元参議院議員)は、「イランカラプテ」という言葉の原義を「あなたの心にそっと触れさせていただきます」と解釈しています。この解釈が広く知られているところですが、学術的な語源解釈として、アイヌ語学者の間では一般的に共有されているものとはいえません。

推進協議会では、「あなたの心にそっと触れさせていただきます」という、温かく、ホスピタリィ溢れる解釈を、「イランカラプテ」という言葉の意味としてではなく、「イランカラプテ」キャンペーンのメッセージとしてみなさまにお伝えしていきたいと思っています。

なんと、「あなたの心にそっと触れさせていただきます」というのは萱野茂氏の独自の解釈であって学術的な裏付けはないんですよ、このキャンペーンでも「イランカラプテ」という言葉の意味としては扱いませんよ、あくまでも私たちの「キャンペーンのメッセージ」ですよ、と言っているわけです。ええー。

これを読んだ後で改めて冒頭に引用した説明を振り返ってみましょう。よく読むと、アイヌ語の「イランカラㇷ゚テ」という言葉が「あなたの心にそっとふれさせていただきます」という意味だとは決して言っていない。「「あなたの心にそっとふれさせていただきます。」という温かい思い」が込められているのは、元々のアイヌ語の挨拶ではなく、「これからの北海道のおもてなしの合言葉」であると読めるように、巧妙に文が構成されているわけです。

お役所的な作文技法に慣れた人はともかくとして、普通の人にとっては、やはりアイヌ語の挨拶の語源についてミスリーディングな説明になってしまっているのではないかと思えます。「あなたの心に云々」が「イランカラㇷ゚テ」という言葉の語源でないというのなら、それはどこからきたのか、なぜそれを前面に出すのかという根本的な疑問が湧いてこざるを得ません。

なぜこういうことになったのか。これは私のすごい邪推なんですが、萱野茂氏の説に目をつけた人がいて、これは使える、これを前面に出していこう、と計画を進めたものの、かなり進行した時点でアイヌ語の研究者か誰か詳しい人から、「いやそれはちょっと違う」といった進言をされて、しかし既に引っ込みがつかなくなっていたので、かかる微妙な説明になってしまったのではないか。あくまでも邪推ですよ。

そもそもこの言葉はいったいどういう意味なのか。図書館でちょっと調べてみました。

問題の解釈は「萱野茂のアイヌ語辞典」に記されていました。

見出しに「イランカラㇷ゚テ [i-ram-karap-te]」と記されているのですが、このローマ字が曲者です。"ram" としていますがこれは "ran" の誤りでないかと思います。"ram" であるなら、片仮名表記は「イラㇺカラㇷ゚テ」になるはずで、実際他の語では「イラㇺコイキ [i-ram-koyki]」のように母音を伴わないmの音には小書きのㇺを使っているからです。

"ram" であるから、これが「心」であり (ram = 心 は当辞典にも他の辞典にも見える)、「あなたの心に云々」という解釈につながるのですが、「ラン ran」とするとこれは「下りる、降る」という別の意味の言葉になるので、問題の解釈は成り立たなくなると思われます。他の辞書(中川裕「アイヌ語辞典」千歳方言)も「イランカラㇷ゚テ irankarapte」とするので、萱野茂氏の辞典のローマ字綴りだけが外れている格好です。

なお付け加えると、この挨拶の言葉は日本語の「こんにちは」や英語の「hello」のようにいつでも使うものではないというような説明をしているものが複数見受けられます。中川裕氏の辞書には「本来は通常の挨拶言葉ではなく、あらたまったときに男性のみが用いる言葉だったが、現在はもっと軽い感じで使われている」とします。萱野茂氏の辞書も、「何回もあって顔見知りになったら「萱野さん、へー」という具合に打ち解けた調子になる」と記しており、要は普段は使わない言葉であるように読めます。他の解説書には「久しぶり」という意味を記しているものもあれば、初学者向きの「エクスプレスアイヌ語」のようにこの挨拶を全く記していない本もあります。

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