表記にこだわるのは良いことか

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日本語版Wikipediaの「関数」の項目のノート (記事についての議論)を開いてみると、表記が「関数」か「函数」かという議論を延々としています。一生懸命議論している人たちには申し訳ないけれども、それは本当に労力を費やすべき部分なのかと疑問に思わざるを得ない。もちろん、英語版のfunctionの記事にはこういう現象はありません。

本文の方も、いきなり「表記の歴史」から始まっているのが異様な感じがします。肝心なことは関数という概念そのものであって、漢字でどう書くかというのは枝葉に属することではないでしょうか。

俗に「生き字引」という言葉があるように、昔は文字を知っていることが物事を知っていることと同じようにみなされてきたのでしょう。過去においてはある程度仕方なかったところがある。

本来、物事を知る、物事の道理を知るということが、学問の上で大事なことです。文字でどう書くかというのは言語の記録や伝達の手段です。手段が目的よりも幅をきかせるのが良いこととは思えません。もちろん、記録や伝達のために効果的な表記方法を選択するのは良いことですが、この場合は正直どちらでもいいような話です。

そんなことに労力を使うのなら、いっそ「かん数」にしてはどうでしょうか。(冗談ですよ!)

「現在一般に行われている表記は歪められた間違ったもので、過去に遡ると唯一の正式な表記が存在するのだからそれを再現すべきだ」という考えにとりつかれてしまうと、不毛なことになるようです。これは必ずしも上記の「関数」のこと(だけ)をいっているのでなく、ネットでときおり見られる文字に関する主張についての感想です。

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熱血です。 この記事はyanokさんの 「表記にこだわるのは良いことか」 を受けての記事です。 よくWikipedia上で... 続きを読む

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