2012年12月アーカイブ

蛇の目の幅

| コメント(0) | トラックバック(0)

次のかぎ括弧の中の記号に注目してください: 「◉」

この記号、ご覧の環境ではどのような幅で表示されているでしょうか。

この記号は蛇の目(じゃのめ)です。見出しや段落などの頭に、目印として使うことがあります。JIS X 0208にはなく、JIS X 0213で追加されました。面区点番号1-03-27です。

第3第4水準辞書を使うと「まる」などからこの記号を入力できます。私はよく、テキストのメモの中で、見出しの印としてこの記号を使います。単なる丸を使うよりも、「いかにも見出し」という分かりやすさがあるので、なかなか良いです。

こういう使い方の場合、普通の平仮名や漢字などと同じ全角幅で表示されているのが自然ではないかと思います。BDFフォントのような等幅フォントでは、必然的に全角幅なので、特に何の不便も感じていませんでした。

近年、Evernoteのようなウェブ上のメモを使う機会が増えました。そうすると、文字端末向けのBDFフォントのような古き良き時代の産物でなく、アウトラインフォントが使われます。私が常用しているUbuntu LinuxにはIPAフォントがインストールされているのですが、どうもこれで見ると蛇の目の幅が狭い。半角ぐらいの幅で表示されます。別にそれが間違いとはいえないでしょうが、見出しとして使うには、もっと大きく表示された方がしっくりきます。

そんな不満を持ちながら使い続けていてある日気付いたのですが、Windows 7のMS Pゴシックでも、同じくらいの半角程度の幅に蛇の目が表示されています。もしかすると、IPAフォントはこのフォントの影響を受けているのかもしれません。

もっとも、表示されているのはまだいい方で、Androidスマートフォンで同じ文書を表示させたら蛇の目が表示されなくて悲しい思いをしました。

iPod Touchでは、全角くらいの幅で表示されていて、最も妥当な見え方と思います。こういうところにはiOSにまだ一日の長があるように思えます。

『文字コード技術入門』震災被災地支援プログラム2012の一環として、拙著『プログラマのための文字コード技術入門』から今年得られた私の取り分の約19%を、福島県に寄付しました。

一時期、福島県の震災復興向けの寄付のウェブページがなくなったように見えたのですが、その後復活していました。一時的になくなっていたのか、それとも私の見間違いだったのかは分かりません。

これで、去年と合わせて、岩手・宮城・福島の被災3県に寄付することができました。これもひとえにお買い上げいただいた皆様のおかげです。深く感謝いたします。

今年と同じ形での来年の実施は予定していませんが、本の売上にかかわらず、被災地支援の寄付は個人的に続けていこうと思います。

このところあまりしていなかったのですが、折りたたみ自転車を電車で運んで、三浦半島をサイクリングしてきました。いわゆる輪行というやつです。

My bike (you're cool, aren't you?)

これの何がいいかというと、

  • 遠くの場所を走れる (目的地までは電車に座って行ける)
  • スタート地点とゴール地点が同じでなくていい
  • 疲れたら途中で切り上げることもできる (駅の近くであれば)

といったように、行動の柔軟性が高いことが挙げられます。

わが国では、都市内の交通手段としての自転車は、オランダやデンマークなどと比べるとまだまだ問題が山積みですが、発達した電車網を利用して、輪行という形で楽しむのはなかなかいいと思います。

普段と違う景色の中を走るのは、気分のいいものです。

ストイックにトレーニングのように自転車で走る人もたくさんいて、それはそれで大いに結構なことです。が、私はもっとユルく、景色を見たり途中でお茶を飲んだりしながら、ほどほどの距離を気分転換のように走っています。そういう休日を過ごすのは、大変贅沢な楽しみ方だと思っています。

私は1年半くらい前からSony Readerを使って電子書籍を活用していますが、それでも、書店の実店舗というのは、本を発見する場として一日の長があると感じています。

先日、本屋の店内を歩いていたときに、視界の端に入ったこの本が、強烈に注意を引きつけました。まずは、次の書影をご覧いただきたい。(Amazonへのリンクなので、FirefoxのAdBlock Plusをお使いの方は表示されないかもしれません)

これ、見覚えありませんか。何か見たような気がするけど、なんだっけ、と思う人もいるでしょう。

何かといえば、ノストラダムスを紹介して一躍大ヒットになった本をパロディにした表紙なのです。元の本では「大予言」となっていた字のところを「大百科」にしている。書体も当時のものに合わせていて、全体の雰囲気を再現することに成功しています。

本書『ぼくらの昭和オカルト大百科』(初見健一 著、大空ポケット文庫)がどういう本かというと、70年代のオカルトブームを振り返るものです。当時は、今から見れば異常というくらい、テレビや雑誌などでオカルトものが取り上げられていました。UFO、雪男、ネッシー、超能力、心霊現象、などなど...。

当時子供だった人は「メディアというのはそういうものだ」と受け入れていたかもしれませんが、今の状況と比較して考えてみれば、いや、あの頃がヘンだったのだ、と思い至るのではないでしょうか。午後8時のテレビ番組でUFOやら超能力やらをやってたなんて、今の時代にはちょっと考えられない。

1973年という年は、ノストラダムスの大予言の本が出て、その他各種のオカルトねたが一斉に世の中を賑わすようになった、特異な年だったようです。その後、70年代を席巻したオカルトブームは、80年代にもまだ尾を引くものの次第に下火になり、90年代、オウム真理教事件によって終息することになる。

オカルトものの受け止め方は、ブームの当時何歳であったかによっても異なるかもしれません。本書の著者は、ブームの当時にちょうど小学生であって、ブームを真っ向から受け止めた世代ということになります。

本書はUMA、UFO、超能力、心霊現象といったジャンルごとに、どんな出来事が世間を賑わしたのか、そしてどんなふうに消えて行ったかを記しています。これ一冊でオカルトブーム全体の見取り図が得られるという、包括的な理解のために役に立つ本です (包括的に理解して何の役に立つのか、というのはおいとくとして)。

2012年の現在から振り返るという本ですから、どのジャンルについても、控えめながらも茶化すトーンが端々に見受けられます (まあ、茶化す以外にどうするというのかという気もしますが)。ただ、著者自身が子供時代にオカルトブームの中でどんな体験をしたかというのも、理解のための補助線のような位置づけで、当時の気持ちを交えて書かれている。そこには不思議なものに興味を引かれる少年の一般的な気持ちや行動が見えるのが好ましく思えました。単に茶化すだけでなく、不思議なものへの純粋な好奇心、あるいは一種の愛情が感じられるわけです。

オカルトブームの変質や消えていく時期に味わった少年の失望感というのも感じられて面白い。だからこの本は、純粋な好奇心をひきつけた(いわば)商材が、いかに変質して支持を失ったかの例として読むこともできるでしょう。

当時を覚えている人は、本書を読んで「あーそういえばこんなのあったねー。あったあった、なつかしー。今じゃ考えられないね」と楽しめばいいし、80年代以降生まれの若い読者でも、かつてこんな時代があったんだ、今でも話に聞くアレはそういうものだったのか、と、謎が解けるのではないかと思います。

肩の凝らない読み物として大変面白く読めましたし、今まで言葉だけ聞いたことあってもよくは知らなかったこと (あえて知ろうとも思わなかったこと) もいろいろ分かって良かったです。本屋での衝動買いでしたが、私にとってはなかなかのヒット作でした。

広告