ウェブは進化している。そう思っている人が、たぶん多いのでしょう。確かに、15年前の素朴なウェブページと今のものとはいろいろ違って見えます。
しかし、ウェブの根本的な考えである「ハイパーテキスト」という機能の面から見ると、ウェブの登場以来、あまりというかほとんど進化していないように思えます。
ハイパーテキストを提唱して有名なのはテッド・ネルソンです。著書『リテラリーマシン』は日本語にも翻訳されています。ウェブの開発にもネルソンのアイディアが影響していると何かで読んだことがあります。しかし、ネルソンが構想していたものに比べると、ウェブで実現されているハイパーテキスト機能は貧弱なものです。
例えば、ウェブで他の文書を引用するときには他のページからコピー・アンド・ペーストするという原始的な方法をとります。一方ネルソンの唱えるハイパーテキストでは、高度なリンク機能を使って、コピーではなくオリジナルの文書の一部そのものを挿入するとされています(「トランスクルージョン」)。ウェブでリンクというと単に他のページへのジャンプしかできませんが、ハイパーテキストの議論の中には、文書の断片同士を組み合わせて新たな創作を可能にするような高度なリンク機能が考えられているのです。
そうした、高度なリンクのようなハイパーテキスト性の実現は、今日のウェブの発展の中にはありませんでした。単なる片方向のジャンプでないリンク機能としてXLinkという仕様が考案されたこともありましたが、XBRLをほぼ唯一の例外として、実装上は顧みられていません。
ウェブの発展というのは、ハイパーテキストの機能を高めることでなく、例えば、Javaアプレットで動くホームページを作るとか、Flashで動くホームページを作るとか、DHTMLで動くホームページを作るとか、Ajaxで動くホームページを作るとか、HTML5で動くホームページを作るとか、大体においてそういう方面に関心が向けられてきました (今の人は動くホームページなんていうダサい言い方はしませんが)。
大体が、リンク先のファイルをリネームしたら即座にリンク切れとなるような原始的なシステムがそのまま温存されているということからも、ハイパーテキストとしての機能が重視されていないことが分かるというものです。
電子書籍が話題になっていますが、ここでもハイパーテキスト性は軽んじられています。というか、ウェブよりも退化しているといえるのではないでしょうか。私は世の中の電子書籍の機能を全部知っているわけではないので見落しがあるかもしれませんが、聞き及ぶ限りでは、いくつもの電子書籍がハイパーテキスト的に結ばれて自由にテキスト間を行き来できるという機能はないようです (少なくとも、広く話題にはなっていません)。世の中の関心はそれよりも、紙の本の見栄えを画面上に忠実に再現することにあるようです。
電子書籍が「アンビエント」(ambient, 包囲した、取り巻く)だといった本がありましたが、その言葉は真のハイパーテキスト環境のために取っておくべきだろうと思います。たかが無線インターネットで電子書籍を買えるだけのことでアンビエントとは言い過ぎでしょう。
ハイパーテキストの考え方はネルソンよりも前、ヴァネヴァー・ブッシュの論文 As We May Think (1945) にも遡ることができる、決して新しくないアイディアです。それだけ普遍性の高いアイディアだともいえるでしょうが、今のところ十分に顧慮されているとはいいがたいように思います。
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