昼休みの時間帯が終わり客が少なくなって手が空いたためか、旨い寿司をほぼ食べ終えた私に板前がカウンター越しに話しかけてきた。
「お客さん、今日はどちらから」
「神奈川県です」
「神奈川ですか。そちらも大変でしたね」
えっ。何のことか、ちょっと量りかねた。
「電車が止まって、歩いて帰る人がたくさんでましたね」
大震災のことだった。客を気遣ってこう言うのだろうが、この地域の被害に比べれば、神奈川県で体験したことなど如何ほどでもないのはいうまでもない。
津波はこの店の1階の天井近くまで来たのだという。見れば、天井より少し下の壁に「3・11 津波の高さ」と記した紙が貼ってある。それでも建物自体が無事で、おそらく人も無事だったのだろう、店を再開できたのは素晴しい。再開まで50日ほどかかったのだという。
横で常連らしき人が別の店員と話している。
「また地震の話?」
「ええ、まだこの話でもちますよ」
私はフレンドリーな感じの店員に挨拶して寿司店を出た。
街を歩くと、ある店のガラスの壁に何枚もの写真が貼ってあった。「3・11の記憶 SIOGAMA」という貼り紙とともに。
現在の塩竈の街は一見平穏で、全体として悲惨な印象は受けない。が、まだ動いていない信号機や、ひしゃげたまま放置されているシャッター、連絡先だけ書かれて放置されている店舗、復旧に向けて工事中の建物など、そこかしこに震災の影響が見てとれる。
由緒ある塩竈神社に参拝して、この街をあとにした。次回また旨い寿司をいただきにこの街に来るときには、きっと復興が進んでいることだろう。
塩竈といえば浦霞。浦霞の店舗には宮城県在住の作家による酒器が販売されていた。店を訪れた私がカメラを持っているのを見て、どうぞ撮影して結構ですよと店員が声をかけてくれたことを特記しておく。今回酒器は購入しなかったが、宮城県限定の「浦霞 蔵の華 純米吟醸」を買って帰った。



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