福島第一原発の事故以来、シーベルトだとかベクレルだとか、人生のどこかで聞いたことはある筈だけどすっかり忘れていた単位を意識しなければならなくなりました。かかる事故が発生した以上は仕方がない。
放射線というのはいつでも自然界にあるものだから、「あるか、ないか」の問題ではない。「どの程度」あるかを問題としなければなりません。
事故を起こした原発から放射性物質が飛んできても、単に飛んできたというだけでは、問題になりません。肝心なのはその量です。放射線を考えるときは、常に数字を見て判断しなければならないということです。それなしにはどんな議論も不毛です。
私はときどき、測定されている東京の放射線量をチェックしていますが、今のところ全く問題になる量ではありません。
多分、そのうち(既に?)書店の店頭には放射線について一般向けに分かりやすく解説した本が並ぶものと思います。そういう本を見て、どの程度の数値なら問題になるのか、よく考える必要があります。
ウェブサイトには専門家が素人の疑問に答えるものがあります。「専門家が答える 暮らしの放射線Q&A」というサイトはなかなか良いと思います。疑問があれば自分で質問を投稿することもできます。
原発の事故そのものについては、世界的な科学雑誌「ネイチャー」が提供するQ&Aが読みやすく、参考になります。これは日本語訳されたものですが、外国人に情報を提供するにはこの翻訳の元になったものを見せるのがいいのではと思います。
ウェブで出回っている情報の中には、大変誤解されているものもあるので注意が必要です。
その代表格は、ドイツ気象庁のシミュレーションでしょう。ドイツ気象庁と聞いて、日本地図の上を雲のように覆う絵が頭に浮かんで「あああれか」と思った人は、東北大虻川研のこの記事を是非見ておくべきです。問題のシミュレーションは、「ある時点で福島第一原発から放射性物質の放出があったとしたら」その後風に乗ってどう拡散するか、というシミュレーションにすぎません。現実の放射線量を意味しない図であることをよく念頭に置く必要があります。地図の絵だけ見て誤解しないように。
放射線を闇雲に怖がるのも良くないし、逆に無根拠に問題ないと思うのも良くありません。数字に基いて科学的合理性のある判断を下すことが何より重要です。
こういう事故があったときに被害者意識を持つのも良くないし、あるいは歪んだ加害者的贖罪意識を持つのも、現実の役に立ちません (ある種の政治的傾向を持つ人は他人の被害者意識や贖罪意識に訴えかけようとするので注意が必要です)。科学的・現実的な態度が求められます。