この度の大震災。
被災地にいる人たちの苦労は大変なものだと思います。
が、被災地から離れたここ南関東にいても、被災していないにもかかわらず、結構な疲労を感じるのも偽らざる感想です。小さなことですが、私は昨日血圧を測ったら明らかに普段より高い値で、正常値の範囲を越えていました。
なぜここ南関東にあって疲れるか、ということですが、原因はいくつかあります。
- 相次ぐ地震。余震や、余震とは無関係な地震が昼夜問わずくるので疲れます。この一週間で緊急地震速報の不吉な音を何回聞いたことでしょう。東北だけでなく長野や静岡でも強い地震が起こると(その度に関東も一緒に揺れます)、一体この先どうなるのかと心配もするというものです。やたらと揺れに敏感になって、自分の心臓の鼓動を地震だと錯覚したりもします。
- 交通機関の乱れ。私個人はあまりこの被害を受けていないのですが、人によっては日々の通勤が大変そうです。
- 停電。地震当日に停電したのをはじめ、14日以降の計画停電によって、停電したりしなかったりするので、対処に追われています。(なお、東京都内は、首都機能の維持のため大部分が計画停電から外されています)
- マスコミ報道。想像を絶する被害の映像が延々と流れ、さらに次から次へと問題の発生する原発の報道。こうした情報にさらされ続けると、精神的に疲労するのは無理もありません。(テレビ東京は比較的早くから通常放送に切り替えていましたが、こういう局がひとつくらいはあった方が精神衛生上いいと、私は思います)
- 物の欠乏。スーパーの棚から一部の物が消えたことも、不安・緊張の種になっているかと思います。
こうした原因によって、被災地でなくとも、結構な疲れが溜まっている人が少なくないと思います。私などが疲れたというと被災地の人に申し訳ない気はするのですが、どうも私だけではないようなので、注意喚起として記しておく次第です。
さてこうした大災害があったときに、自分にできることは何かないか、と考えるのは確かに良いことだと思います。その一方で、普通の人にできることは限られているのも、確かなことだと思います。現場では訓練を積んだプロが事に当たっているのだから、我々普通の人ができるのはそうしたプロが力を発揮できるよう支援する、さもなければせめて邪魔しないようにすることぐらいでしょう。支援というのはお金を寄付することも当然含みます。
いくらかのお金を然るべき団体に寄付することは大事なことです。またそれと同じくらい、身近な人たちの不安や緊張をやわらげることが大事だと思います。自分にできることはないか、と思っている人はぜひ、周りの人たちの心を助けてあげてほしいと思います。mixiやTwitterといったSNSをそうした目的に使うのは良いことです。いいかげんな風説でなく確かな情報を調べることも、心を助けることにつながります。
どんなテクノロジーもそれを動かすのは心を持った人間なのであるから、心の状態がきちんとしていることが何をするにも肝心です。
幸い、この大災害の中でも、各地で良い人間性が発揮されていると報道されています。これは大変勇気付けられるニュースです。世界の過去の大災害につきものの略奪や秩序の喪失といったことが日本の被災地では見られないとして、世界で驚きをもって報じられているのはよく知られている通りです。また、海外からも様々な援助の申し出や共感の声が寄せられています。物質的には決して豊かとはいえない国の人や、国を失ったチベット難民までもが、義援金を募ってくれたりしているということです。
私がTwitterでフォローしている仙台在住の人は、茨城の被災は報道もされておらず大変だ、助けてほしい、という内容のツイートを、自分も大変な状況であろうにそれをさしおいてリツイートしていました。こうした高潔さは人の模範となるものです。
結局、良い人間性、思いやりの心といったものが、普通の人が持つ一番の資質であって、それが物事の最終的なよりどころになることもあるのだと思います。だから、身近な人と、お互いに心が平静であるよう助け合い、心の疲れを癒やすことが、こういうときにはことのほか重要だと思うのです。
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