2011年2月アーカイブ

私はよくEmacsとSKKでメモをとります。仕事にもプライベートにも使います。メモをとるときは記号を使うと便利です。

JIS X 0213というと漢字を思い起こす人が多いかもしれません。しかし、実際に私がJIS X 0213を活用するうえでの利用頻度からいえば、圧倒的に非漢字、特に記号を多く使っています。

テキストでメモをとるときに便利な記号をここではいくつか挙げてみます。

まず多いのは、箇条書きの頭に打つ点、ビュレット「•」(1-3-32)、「◦」(1-3-31)です。メモというものの性質上、箇条書きが多いので、必然的にビュレットの出番も多いのです。

JIS X 0208の環境では、箇条書きの頭に打つのに適当な記号がありませんでした。黒丸「●」では大きすぎますし、中点「・」では小さすぎて頼りない感じがします。また、箇条書きの中に本来の区切りの意味で中点を使っていると、どうも紛らわしく見えます。

例えば、箇条書きの1つの行を記すのに、行頭から

・札幌・仙台・広島・福岡

となっているのは、箇条書きの頭と区切りとがごっちゃに見えて、うまくないわけです。ここでビュレットを使えば、

•札幌・仙台・広島・福岡

のようになって、大きさの違いによって紛らわしさが解消されます。もっともフォントにも依存することですが。

ビュレットには黒と白の2種類あるので、2段階の箇条書きにも対応できます。

次によく使うのがチェックマーク「✓」(1-7-91)でしょうか。メモというのは、これからすべき作業のリストを作るのによく使います。リストを作ったら次には実行するわけですが、実行したタスクに「✓」をつけていくということを私はよくします。

つまり、前述のビュレットを使ってTODOリストを箇条書きにしておき、実行したアイテムには順次チェックマークをつけていく、という使い方になります。ビュレットをチェックマークにつけかえていくと、仕事が進んでいる感じがします。

メモが大きくなると、セクション分けをしたくなります。そんなときに使えるのが蛇の目「◉」(1-3-27)です。見出しをつけるときに用います。

プレーンテキストでは文字の大きさを変えることができないので、見出しを目立たせるには記号をつけるのが効果的です。JIS X 0208の環境では、四角形「■」や黒丸「●」などを使うことが多いと思います。これらでもいいのですが、蛇の目「◉」はより見出しらしく見えるので私は好んで使っています。

メモを継続的につけていくと、何がどうしてどうなった、という経過を記すことになります。経過を視覚的に見やすくするのには矢印が使えます。

JIS X 0208にも矢印記号がありますが、JIS X 0213では白抜き矢印が追加されているので、場合に応じて使い分けができます。物事の経過を表す意味には白抜きの「⇨」(1-3-10)や「⇩」(1-3-13)を使うといった取り決めを作っておくと見やすくなります。

また斜め矢印「↙」(1-3-8)や「↘」(1-3-6)などもあるので、レイアウト上の理由で使いたくなるときに活用できます。双方向の矢印「⇄」(1-3-9)や「↔」(1-2-81)も使い出があるでしょう。

さて私はこうした記号をSKKで普通の言葉から変換して使っています。例えば、ビュレットであれば「てん」から、蛇の目であれば「まる」から (「じゃのめ」でも可)、チェックマークは「ちぇっく」から、など、特殊な入力法でなしに覚えやすい言葉から普通に変換できるわけです。SKKは新しい語の登録が簡単なので (変換候補が尽きると登録モードになる)、自分用の記号変換を定義するのも良いでしょう。

こうして編集したテキストはEUC-JIS-2004やShift_JIS-2004のファイルとして保存しています。必要ならばUTF-8にすることも勿論可能です。

これは何も今はじまったことではなく、EmacsとSKKでは10年前から可能です。

ここ南関東では梅の季節を迎えています。先週のことですが、東京都内の池上梅園に行って、いくつか写真を撮ってみました。

Hill of ume blossoms / 梅の斜面

この梅園はそう広大というわけではないのですが、斜面に梅の木がたくさん植えられているので、なかなか見応えがあります。ただ、先週見たときはつぼみもまだ多く、一番の見頃はもう少し先だろうという感じでした。

花とつぼみ

花とつぼみのアップ。

見下ろした梅

斜面の上から見下ろしたところ。下に遊歩道があるのが分かるでしょう。

紅

梅の花というものは枝にすぐついています。長い花柄(かへい)を持つ桜と見分けるポイントになるそうです。

梅にメジロ

メジロが蜜を吸いにきていたところにカメラを向けてシャッターを何度か切ったら、うまいことこっちを見ているところが撮れました。

さて、梅だけでなく、早咲きの桜も、ちらほらと見かけます。カメラを持って歩いているときに出会ったので、写真を撮ってみました。

Early cherry blossom / 早咲の桜

形のいい花びらが撮れました。透明感があると思います。

Color of spring / 早春のいろどり

こうして見るともう桜の季節を迎えたかのようです。実際には、花を咲かせていたのはこの木一本だけだったのですが。

拙著『プログラマのための文字コード技術入門』が発売されてから1年が経ちました。この間、幸いにも多くのご好評をいただき、2度増刷され、ジュンク堂池袋本店の2010年コンピュータ書ランキング4位に入りました。読者はじめ関係各位に心から感謝します。

著者としての心残りの一つに、本書のどこにも、私に文字コードを教えてくださった豊島正之先生(現・東京外語大)への謝辞を書かなかったことがあります。先生に出会うことがなければ、本書は決して書かれていませんでした。

私が北大教養部の学生であった20年近く前。履修した講義に人文科学演習というものがありました。電子化された文献をコンピュータで処理するという内容です。その講義の担当が、当時北大の文学部にいらっしゃった豊島先生でした。

電子化された文献というのは要するに文字コードの並びとして表現されているものです。それをスクリプト言語(AWK)で処理してやるのが演習の内容です。その説明の一環として文字コードについても触れられていた、はずです。

はずです、と気弱な言い方をするのは、正直にいってもうかなり内容を忘れてしまっているからです。しかし、講義で配布された資料は、講義が終わった後も折に触れて読み返すことになりました。そうするだけの価値があり、また面白い資料だったのです。これが大変に勉強になり、文字コードに興味を持つきっかけとなり、ひいては文字コードの本を書くための基礎となったわけです。

5インチフロッピーディスクと紙とで配布された資料を既に無くしてしまっているのが残念なのですが、ISO/IEC 2022を使った文字コードの切り替えだとか、字体・字形といった概念だとかが説明されていた筈です。Unicodeというものがいま検討されているよ、という話も入っていて、講義のときに当時2分冊だった初期のUnicodeの仕様書を見せていただいた覚えがあります。(なお、文字コード以外にもSGMLの話などもあり、こちらは後にHTMLやXMLが登場したときに理解の助けとなりました。本質に迫る洞察に満ちたものでした)

当時は、先生が後にJIS X 0208の1997年改正とJIS X 0213の制定に重要な役割を果たすことなど想像もしませんでした。今思えば大変贅沢な講義でした。国語学の研究者であり、かつ自作のC言語のプログラムをフリーソフトウェアとして公開していたほど技術にも明るい豊島先生は、文字コードの議論には最も適していると思います。何より、文字を符号化するということへの洞察の深さにおいて、これ以上の人を私は知りません。

拙著が、先生から教わったことのエッセンスの何分の一かでも伝えられるものになっていたならば、個人的には大成功だと思っています。しかしどれだけ成功したかは私には何とも言えません。

そういう次第なので、本書の前書きにでも謝辞を記そうかとも思ったのですが、もし本の評判が悪かったりしたら却ってご迷惑になるかと思い、やめてしまいました。ここにひっそりと、深甚なる感謝の意を表します。

そしてまた、こういう出会いのあるのが、大学の良いところだとも思います。

この前とりあげた『中谷宇吉郎随筆集』に、何箇所か「日本字」という言葉が出てきていて、興味深く思われました。この言葉についての説明は特に書かれていませんが、日本で使われる文字を指していることは明白です。漢字や仮名をひっくるめてこう呼んでいるようです。

「日本字」という言葉は国語辞典にも見えず、一般的な言葉とはいえないでしょう。しかし、言語としての「日本語」と区別して文字のことを指すのには好都合な言葉だと思います。

コンピュータを使っていると文字のトラブルを言い表すのに時々「日本語が表示できない」のような言い方をすることがあります。こういうとき、本当は「日本字が表示できない」と言えば、より正確に事態を表現できます。なんとなれば、「Kore wa pen desu.」のようなローマ字だって言語としては「日本語」だからです。画面が文字化けしているときに本当に問題にしたいのは言語でなく文字です。

「日本字」という言い方が普及すればいいのにと思うのは私だけでしょうか。

北海道の冬の催しといえば札幌の雪まつりが大変に有名ですが、ここ10年くらいで着実に人気の出てきたものとして、「小樽雪あかりの路」があります。雪の街の中に蠟燭を灯すものです。

詳細は公式ウェブサイトで見られます。また、Flickrで「小樽雪あかり」を検索語にして検索するといろいろ写真が出てきます。

さっぽろ雪まつりの特徴が技を凝らした精巧な雪像だとすれば、一方こちらは、わび・さびとか手づくりのあたたかさとかいったものがコンセプトになっているように思われます。といっても私自身は見に行ったことがないのですが。私が札幌にいた頃はまだ無かったんじゃないかと思います。

このイベントの名前の由来は、公式ウェブサイトによると、北海道松前郡の生まれで学生時代を小樽ですごした文学者・伊藤整の「雪あかりの路」という詩なのだそうです。ウェブサイトに詩が引用されているので是非ご覧あれ。大変印象的な詩です。喚起するイメージが素晴らしい。

先人の残したこの詩をバックグラウンドとして共有することが、イベントの精神的支柱となるのでしょう。小樽は良い先人に恵まれたものです。

加賀の生まれで北海道大学に勤めて世界初の人工雪を作った雪博士、中谷宇吉郎先生の随筆集を読んでいます。岩波文庫から出ているものです。

この中に、JIS第3・第4水準漢字を見付けました。

「『西遊記』の夢」という随筆の中に、「檉柳(タマリスク)」とあり、この「檉」という字が、JIS第3水準、1面86区19点にあるのです。また、同じ文章の中に、「窣堵波(ストウーパ)」とあり、この「窣」という字が、JIS第4水準、2面83区16点にあるのです。

まだ読み終えていないので、ほかにも出てくるかもしれません。

第3水準ということでいえば、所謂「旧互換」の「頰」(1-93-90)だとか所謂「表外漢字UCS互換」の「噓」(1-84-07)だとかも出てきてはいるのですが、本ブログの他の記事同様、こうしたものはいちいち取り上げません。

また少し前に書いた「著」と「着」とが異体関係である件ですが、この本にも、現在なら「着」で書くのが普通である言葉に「著」を使っている箇所がありました。「簪を挿した蛇」という文章に、「洋服を一著(いつちやく)」だとか「そんなものを()て」だとか「学校へ著いた」だとかいった用字がされているのです。この文章は昭和21年のものだそうですが、その頃はまだこうした書き方も普通だったのでしょうか。

こういうのに接すると、自分はまだ全然ものを知らないのだなという気がしてきます。

貧しさの記憶

| コメント(0) | トラックバック(0)

今から十何年前、札幌から首都圏に引っ越してきて目についた違いとして、電車の「優先席」に元気そうな人が座っていることが東京では多いということが挙げられます。

もちろん、座っていた人は、外観から分からないような病気や妊娠だったという可能性もあります。ともあれ、目につく印象としては、札幌ではあまり見かけない光景だったという記憶があります。

これは私一人の印象だけではないようで、ウェブを検索すると同様の感想が見付かります。

中には、札幌の電車で優先席があいているのは、相互扶助の開拓者精神のあらわれだとする説もあります。真偽のほどは怪しいと思いますが、そう思うと悪い気はしない(笑)。

考えてみると、北海道には、開拓時代の皆が貧しかった頃の影響がまだ残っているところがあります。

例えば、結婚披露宴。北海道には会費制の披露宴 (祝賀会) という習慣があります(最近は本州の方でもあるそうです)。これは開拓時代、経済的負担を減らそうとしたことの名残だといいます。

また、百人一首かるたが、北海道では伝統的に紙でなく木札です。これは、昔は紙が高価だったので木を使ったからだそうです (読み札は紙ですが)。

こういう、社会が貧しかった頃の記憶というのは、考えてみると貴重なものではないかと思います。そういう昔に思いをはせればこそ、今日の豊かさに感謝できるというものです。また、豊かさの記憶しか持たないよりは、貧しさの記憶を持っている方が、困難や逆境にも耐えやすいのではないか。

だから貧しさの記憶をとどめるものは社会からなくすべきではないし、あるいは擬似的にでも貧しさを体験した方が人生が豊かになるのではないかとも、私には思えます。

広告